消えないメロディー−2 「渋谷・・・」 村田が小さく呟いたのが聞こえる。 でも、もうどうにも止まらない、涙は堰を切ったように溢れ出し溜め込んだ感情をせき止めている理性なんて驚くほどもろいもので。 「本当に、嫌なんだ・・・!いつもいつも突然呼び出されて、突然帰されて・・・完全にあっちの都合でどうしても逢いたくなったらボーっと思い出すだけ。それでもよかったんだよ、向こうにいければコンラッドは笑っててくれたから・・・。だけど・・・だけどもう・・・!!」 ぼろぼろと落ちる涙は頬を伝って布団にしみを広げていく。 ユーリは、自分がコンラッドと恋仲にあったことなど誰にも話したことはなかったし、誰も知らないつもりでいた。だから、今自分がとてもコンラッドを思っていることを口に出したことを気がついていたから止めただろうが、熱い感情の波にもまれそんなことにさえ気にならない。 ましてや、この大賢者をあざむけるわけがない。村田もすべてを知ったうえで、あえて何も知らないように振舞った。 それをユーリが望むなら尚更。 だけど、泣きじゃくられて、傷ついたユーリのそんな姿を見ているのがいやになる。それに、どうしてもユーリが自分のことなどまるで見てくれないことに腹まで立ってきて。 自分でも、ここで怒るのはおかしいとわかっているのに、止まらない感情。 「じゃあ君はどうしたいの?別れたいの、それとも忘れたい?」 思いのほか冷たく言い放ってしまった言葉。自分の浅はかな願いが浮き彫りになっているようだ。 その声にユーリの身体がびくりと震えるのが見えて、あわてて村田は自分のしたことの間違いを感じる。 ごめんと小さく謝ってみたものの、ユーリの耳には届かずユーリは涙をいっそう濃くしながら絞るように言葉をつむぎだした。 「・・・別れたくなんかないよ・・・。だけど、もう無理なのは分かってるから・・・っ!一緒にいれないって分かってるから・・・っ!」 全部分かってるのに、身体が言うことを聞かないのだ、と。 村田は、ただその声に耳を傾ける。ユーリがどこまでコンラッドを愛しているか、見せ付けられたような気がするから。 自分はユーリが好きで、ユーリはコンラッドが好きで、コンラッドも多分ユーリが好きで。勝ち目なんかないのは分かっていても、いや、だからこそ募る恋心はとどまるところを知らない。押さえつければ押さえつけるだけ肥大してゆく。 今口を開いたら、多分村田は自分の思いを言ってしまいそうで怖かった。だから、閉じたまま、ゆっくりとユーリの言葉に頷くだけしかできないのだ。 「忘れてしまいたいぐらい、嫌いになれない・・・っ」 文法が少しおかしい気もしたけども、今の気持ちをそのまま表すにはその言葉が一番当てはまっていたから。 この思いを吹っ切るには、もう彼自体を忘れるほかなかった。でも、そんなことなんかできないとユーリは思う。 どうしようもない、今の気持ちを言い表すにはその言葉がとても当てはまっている。涙は相変わらずこぼれてきて、頬を冷たくぬらした。 とにかく、泣くことしかできない自分が歯痒くて悔しくて大嫌いで。 「魔王なんていっても・・・結局俺には何もできないんだ・・・っ!!!」 そう叫んだ瞬間、ユーリの身体はふわりと暖かいものに包まれた。そう、村田が彼のことを優しく抱きしめているのだ。 「渋谷・・・」 諭すように、言葉が耳に直接流し込まれる。心地よくて、優しい感覚。 ユーリはただ、その状態に驚いてそのまま呆然としているだけ。ただでさえ泣いていたから、とっさに何が起きているのかが理解できないのだ。 村田は、ただそのまま動こうとはしない、しゃべろうともしなかった。ユーリが落ち着くまで、その身体を抱きしめたっていいでしょう、これぐらい許されるでしょう。 「・・・む、らた・・・」 小さくユーリは呟いたが、抵抗はしない。 こうされるととても安心できたから。彼とは別の、村田の優しい心を感じることができたから。 今は、村田の優しさに甘えたっていいんじゃないか・・・。ユーリは切なくて、でも暖かくて何度も声を詰まらせる。 「好きなだけ、ないていいよ・・・。彼ぐらい広い胸ではないけどね」 ユーリは、その一言にそのまま村田の胸の中でただ泣きじゃくった。恋愛とか、そういうんじゃなくてつらいものをすべて吐き出すように。それを受け止めてあげるだけの器は村田にはきちんと備わっているから。 安心できるだけの、優しさがあるから。 村田は笑うと、少しだけユーリを抱きしめる腕に力をこめる。 しばらくそのままでいると、やっとユーリは小さい嗚咽を漏らすだけになって落ち着いたよう。村田は安心して、名残惜しかったけどもその手を離す。自分には、必要以上にユーリを抱きしめていい資格などないのだから。 赤くなった目で、ユーリは恥ずかしそうに小さな声でありがとう、といった。それをみて村田は満足そうに、少し楽になったみたいだねと微笑んだ。 「俺・・・恥ずかしいところ見せちゃったな」 自嘲の響を持たせながらユーリが呟く。 その言葉に村田はとんでもないと首を振ってストレスはためちゃ駄目だという。 「僕に話せるなら、悩み事とかいつでも相談してほしいんだ・・・。愚痴だってかまわないから」 村田はそれが賢者の役目さ、と茶化す。ユーリは今日初めて笑ってそんな大賢者やだよと。 その顔を見て、村田はとても安心した。 「そうだ!」 ベッドに座ったままのユーリに、思い出したように村田は言った。ユーリは、突然のことに何々?と興味深そうに聞き返す。 空は、夕暮れ模様で優しいピンク。寂しさよりも温かさが勝る空、でもなんだか切ない雲たち。 「思いでかき消すくらい・・・大きな声で歌えばいいんだよ」 少しの間だけ、すべてを忘れて歌ってみるのはどうだろう、と。 村田の声にユーリは照れくさそうに何を歌うんだよと聞き返す。突然何を言い出すのかと思えば、歌おうだって。ユーリは忍び笑いを隠すことができなくて村田になんだよーと文句を言われた。 ああ、少しずつ元気が出てくる気がするよ。 「じゃあ・・・津軽海峡冬景色!」 「演歌かよっ!」 いつもの通り古臭い選曲。ユーリは、あまり村田とはカラオケに行きたくないなとおもってしまったり。それでも、久しぶりの和やかな空気はユーリに絶大な効果をもたらした。 「じゃあ渋谷は何がいいのさ?」 問われても、思いつく歌がない。 曲・・・と、ユーリは頭をフル稼働させてとにかく頭に残る曲を思い出そうとした。 「・・・LOVE ME TENDER」 ぼそりと呟くと村田はそれにする?と微笑んでくれた。 幼きころから耳に残るメロディー。歌詞は途切れ途切れにしか覚えていないけども、無性に歌いたくなるその歌。 村田はどうやら知っているみたいだし、とユーリは人に聞かせるのが恥ずかしいので小さい小さい声で歌いだした。もちろん歌詞が分からないところは、ハミングでしかないけども。 「・・・Love me tender love me sweet・・・」 ユーリの小さな声に、合わせるように村田の声が歌う。 村田は、ユーリよりもちゃんと歌詞を知っていてユーリが分からないところは優しく教えてくれる。徐々に大きくなる歌声。 歌うことだけに専念して、何も考えずにでも幸せな気分になる。 「And I always will」 気がつくとずいぶんと大きな声で歌っていたらしい、いきなり母美子からうるさいという苦情の声をもらってしまった。もうただそこにいるだけで面白いという感じで、二人はただひとしきり笑う。 「よかった、渋谷すごく元気になったね」 村田は、うれしそうに言う。ユーリもただ、元気よく頷くと笑いすぎで目からこぼれた涙を拭った。 「今度こそ、一度寝れば?お母さんがよんだら起こしてあげるから」 村田の声にユーリはそうだね、と頷いてもう一度ベッドにもぐりこむ。 今度こそ、ちゃんと眠ることができそうだったから。静かに目を閉じる前に、いすに座った村田を見るとにっこりと微笑んだ。 ユーリは、それだけで安心できてそのまま深い眠りの中に落ちていった。 「・・・渋谷・・・良かった」 ふぅとため息をつきながら村田は呟く。 いつもの元気がなくなって、やつれたような顔をして。魔王の運命の大きさは、本人でない自分も辛くなるほどで、ユーリを見ているのが悲しくなるぐらい。 現実に打ちひしがれた姿は、ひどく哀れでどうしようもなかった。自分には、大きなことはできないが・・・村田は思う。せめて、笑わせてあげられるように。 すーすーと寝息を立てるユーリの黒い髪をかきあげると村田は額に小さくキスをした。 好きなんだから、これぐらいさせてもらってもいいだろう。起きているときできない自分が情けないけど、今は友人という立場さえも失いたくはないから。 村田はただいすに座ったままユーリの寝顔を見る。部屋に入る西日が、部屋中を赤く柔らかな色に染め上げていた。 「好きだよ、渋谷」 END 次回予告 「だっておかしいじゃん、あんたがここにいるなんて・・・!」 「俺は、貴方だけを愛すといったでしょう」 「俺を愛したことを後悔してない?」 「貴方を幸せに、したい・・・」 ―――――踊り狂うよ貴方と共に
Episode.3『貴方に抱かれまわる世界』 相変わらず、悲恋路線で。コンユなのに、コンラッドの名は一度しか出てこない・・・ ムラ→ユ。二人の関係は、常にプラトニック希望。てゆーか、ラブミーテンダー好き。 相変わらず曲ネタ。そろそろ何の曲だか分かるかもしれない。 |