踊り狂うよ貴方と共に

踊り狂うよ貴方と共に

 

 

Episode.3 貴方に抱かれまわる世界

 

 

その夜は酷く風が寒かった。

ユーリはぴしゃりと窓を占めてしまうと早く寝てしまおうと布団のなかに潜り込む。薄手のパジャマには耐えづらい温度。まだ夏のまま、何も変えていないからだ。

「何だよ…まだ秋じゃんか」

気候をどうすることも出来ないが悪態をついてみる。

まだ夏用の薄い布団だから体をぶるりとふるわせるとぎゅっとじぶんのかたをだきしめて寒さに耐えようとした。

目をつぶっても足先が冷たく感じて眠れない。これじゃますます寒さを感じるだけではないか。

「折角村田に励ましてもらってちゃんと眠れるようになったのに」

彼がいなくなってから地球に帰ってきて何もかも手付かずだったユーリを励ましたのは地球でも眞魔国でも友達の村田だった。

また眠れないなんていったらこんどはおこられそうだと自嘲気味にわらってみたり。

励ましてもらった時、感情を表に出した自分が村田に何をわめいて何を叫んだかはよく思い出せない。ただ、すごくいろいろなものがすっきりしたことと、そのときの村田の顔が酷く優しかったのだけは克明に覚えている。

かなり、沈んでいた気分が浮上したのは彼のおかげだ。

「いいやつ…だよなぁ…」

頭がよくて、器が大きくて優しくて。言うことは古臭いけどそれはながいあいだいきてきた証拠。

一人でいるし、つい思ったことが口をついて出てしまう。誰も聞いてないから、構うことなんてないのだけれど。

寒さを感じながら目を閉じると窓の方から突如不可解な音が聞こえてきた。

『コンコン』

それはまるでノックのように一定のリズムで叩かれる。窓の外でなっているのではなく、この雨戸が叩かれて音が出ているのだ。風の音ではなくて、人工的に鳴らされている。石が投げつけられているのでもなく、虫がぶつかっているのでもなく。人の手によるもののよう。

ユーリは驚いて起き上がったのはいいがベッドから立ち上がることは出来なかった。固まったまま、動かない。驚きすぎて、腰に力が入らないのである。

『コンコン』

幽霊は確かに怖い。突然二階の窓が叩かれるのだからその可能性は大きい。だが、魔族にあって自分が魔王と分かった今そんなもの強く怖いとは感じない。

無論変質者だって嫌だ。だけどユーリは男だしそんなもの来るはずもなく、幸い武器となるバットが転がっているから大丈夫。

『コンコン』

ではなぜユーリはこんなにも驚いているか…それはそのノックの仕方に強く覚えがあったから。あの日から夜中に何度も聞こえてくることを求めたたたき方だったから。

「コンラッド…?」

声に出してみても、窓の外には届かない。ただ、繰り返されるノックは紛れもなく彼がかつてユーリの部屋を訪れるときに使ったものだった。

ユーリは恐る恐る窓の方に近付くとゆっくりと窓をそして雨戸を開く。まさか、地球に彼がいるわけがないと。

では一体何が、雨戸の向こうに・・・。

「…」

しかし、予想など曖昧なものでいないと窓の外には断定したはずのまさかと思った人が人のよい温かい笑みを浮かべていた。

「陛下、お久しぶりです」

はっきりとよくとおる声。いつもの軍服ではなくて地球にいるのに目立たないシャツとジーンズというラフな格好。こんなふうになんでも着こなす彼は、人がいる時間に町中を歩いたらさぞ女の子にもてるだろう。

ユーリはただ愕然と目を見開いたまま。

「こ、コンラッド…?」

いつものおきまり、陛下と呼ぶな、名付け親と言う言葉さえ思い付くことはできない。何が起きているのか半ば理解できていなくて。

呆然と立ち尽くすユーリにコンラッドは苦笑すると上がってもいいですか?と問う。今コンラッドは他人のうちの窓によじ登っているというはたからみたら大変怪しいことをしているのだから。

そんなコンラッドに、ユーリはもちろんだと慌てて言うと彼が入れるように窓からは数歩遠ざかる。

「お邪魔します」

彼は律儀に挨拶をするとひょいと窓のさんに腰掛けて靴を脱ぐと軽々と部屋のなかに降り立った。

「な、なんで…」

相変わらず立ち尽くすユーリは小さくそう呟いた。それしか思いつく言葉は、口を出る言葉がないからだ。

彼は敵で、もうあえないと泣いたはずなのに。しかもむこうのせかいではなく、ここは自分の世界。

夢でもない限り、彼と会えるわけがない。

言葉が口を出ていかないユーリにコンラッドはなんですか?とゆっくりと言葉の続きをせがむ。コンラッドにはどうせ、何を言われるかなどよく分かっていたけど。

だっておかしいじゃん、あんたがここにいるなんて・・・!

ユーリは言う。とっさに思い付いたことがこんなことなんて情けない。

とにかくユーリはユーリの言葉に寂しそうな顔をしたコンラッドをみて夢みたいだと思った。だってあれほど彼を渇望していたのだから。

夢…?ああそうか、これは自分が望んだことでありもしない現実。すなわち夢なんだ。

余計なことは考えないで、望みを果たせればじゃないか。これは夢なんだから。

そう思うと全てがどうでもよくなった。夢、幻でも逢いたくて逢いたくてどうしようもなかったコンラッドがここにいるのだから。

ユーリはただそうおもいながらコンラッドの顔を見つめた。

ユーリは思ったとおりの事を言ったけど、用意してきた答えを話すより前にしたいことがありすぎて。コンラッドはただ、笑ったまま。

「ユーリ…逢いたかった…」

無言のままでいるユーリにコンラッドは優しく抱きついた。温かくて、やわらかいユーリの香りがする。

ユーリもそっとコンラッドの背中に手を伸ばすと抱きかえした。

夢なんだから、不安なことなんかなにひとつ考えずにいたい。

コンラッドはユーリが自分をせめないことに対して疑問を持ったがすぐにその答えを理解し、悲しい気分になる。そうユーリは、自分がここにいることを夢だと思っていると分かったから。

だが、コンラッドはそれでもいいとさえ思った。

だって、そうすればユーリは俺のことを軽蔑したりしないでくれる。卑怯だとは分かっていても、ずるいと分かっていても今だけはどうしても、と。ましてやこの状況で夢じゃないといったとしても納得してくれるはずがない。

「俺は、貴方だけを愛すといったでしょう」

耳元で言われた言葉。この瞬間をユーリはただ、ただ、泣きながら願っていて。この口から、この声で、この響きで、愛していると。

あぁ、うれしくてどうにかなってしまいそう。ユーリは涙が出そうになるのをこらえたまま、コンラッドのぬくもりを感じようと頬を寄せる。さっきまであんなに肌寒いと感じていたこの部屋は、彼と抱き合っているだけで何も感じないほど。

コンラッドは抱く手の力を少しだけ弱めると、ユーリの漆黒の目を見つめる。ユーリは酔ったようにコンラッドの目から視線をはずすことができなくて。

大好きな、コンラッドの眼。

ユーリは確かめるように記憶を呼び起こし彼を見つめる。

初めて身体をつないだ日の、ろうそくの光を見つめたときのような感覚がした。思い出ばかりがいくつも映画のように頭にひらめくのだ。

 

 

 

                   To be continued