貴方に抱かれまわる世界−3

貴方に抱かれ廻る世界−3

 

 

「ユーリ、だいぶ落ち着きました?」

肩で息をしていたユーリを抱きかかえるように案内された風呂場へとつれていった。お互いの残液にまみれた身体を熱いシャワーで清めてからユーリをベッドに寝かして今に至る。

幸せでまぶしいくらいの行為のあと、今二人で語り合える喜び。しかし、それを実感しながら限られた夜は徐々にタイムリミットに近づいてゆくのだ。

だが、コンラッドは時計を見ることだけはしなかった。だって残りの時間を知ってしまったらきっと悲しくてこの幸せな空気を壊してしまいそうだから。

だから、このまま何の変化もなく微笑みあいたい。

ユーリは激しい行為をしたというのを微塵にも見せないほど元気にコンラッドの声に頷く。そして、ぴょんとベッドから飛び降りると、コンラッドに笑顔で言った。

「コンラッド、少し散歩に行かない?」

こっちはコンラッド来たことがないから、と今が真夜中であることすら気にせず言う。今のユーリには、きちんとした常識などどうでもよかったからである。

だが、コンラッドもそんなことぐらい分かっているからユーリの声にいいですねと笑顔で手を差し出した。

そのまま、コンラッドははいてきた靴をユーリは部屋にあった靴を履いて窓からこっそりと夜の街へと歩き出す。そこは、何もかもが寝静まる静寂の世界。

二人の足音だけが響くこの場所でコンラッドはユーリの手を握る。二人だけの空間。

町並みは眞魔国とは大きく違うし、アメリカとも異なっている。だが、ここがユーリが生まれ育った土地だからとコンラッドは必死に目に焼き付けようとしたが、ユーリに話しかけられてそれを中断した。

「コンラッドの手・・・すごくあったかい」

久しぶりに手をつないだのが相当うれしかったらしくユーリは顔を赤くして微笑んだ。

コンラッドは恋人のかわいらしい反応にうれしくてつい顔を綻ばす。

予想以上に冷たい秋の夜、向かう先は不定期なまま。思いついたほうに足を運べば、そこには子供のころからよく来ていた公園があった。

「ボールもってくればよかった」

ユーリは誰もいない深夜の公園で残念そうにそう呟く。確かに、街灯がついていて真っ暗なわけじゃないし誰にも邪魔されずキャッチボールできたのに。そんなユーリを見てコンラッドはそれはまたの機会にとっておきましょうと微笑むとそばにあったベンチに腰掛ける。冷たいいすだったが、寄り添うように並んで座った。

小さく聞こえるのは虫の声。あたりの家の電気はほとんど灯っていなくて、見えるのは大きなマンションの光ばかり。まぶしくもないその光がにじんで見えるのは涙のせい。

「ユーリ・・・泣いているんですか?」

コンラッドが尋ねるとユーリはうつむいたまま黙っている。そんなユーリをコンラッドは抱き寄せると頬にやさしいキスを落とした。

ユーリは涙をぼろぼろとこぼしながらうわごとのように呟くのだ。どうしてこんなに幸せな夢を見るの、と。

コンラッドはその言葉にいっそうユーリのことを抱きしめる。たまらなく、胸が締め付けられるような思いがこみ上げてきた。

ユーリにこんな思いをさせているのは自分。

だけど、どうやってユーリに説明とたらいいのかがわからないからこのまま抱きしめていることしかコンラッドにはできないのだ。だからせもてもの償いに貴方への愛を囁こうと。

「ユーリ・・・愛してる」

ユーリは泣きながらも必死に微笑んで俺もコンラッドのこと愛しているといった。

夜の街は、不自然すぎて自然な空気を持っている。二人は抱き合ったまま一言も交わさずにお互いを感じるだけ。

空には、白い星たちが楽しげに散らばっている。完璧ではない形をした月が、二人を見守るようにひっそりと傾いて夜空に座る。

無言は、強く愛だけを語るから。心地のよい風に酔いしれて、微笑む俺と貴方。

しばらくして、泣き止んだユーリが口を開いた。

「俺を愛したこと、後悔してない?」

少し心配そうに歪んだ黒い瞳。さっきまで涙にぬれていた目じりにコンラッドは舐めるようにキスをするとそんなわけないでしょうと自信にあふれたはっきりとした声で言う。

ユーリは、とても安心してほっと息をつく。

「貴方に、愛を誓ったときから後悔なんて思ったこともありませんよ」

そして、キスを交わす。

ユーリはうれしそうに笑って、立ち上がるとブランコでもしないかとコンラッドを誘う。どうやらみたことしかなかったらしい彼は、とりあえずユーリに乗せられて慌てたようだ。でも次第にいったい何を楽しむための遊具かを理解したコンラッドは風を切ってのってみる。たまには無心でこんなことをするのもいいなと思いながら横で高くこぐユーリの顔をちらりとのぞいてみたり。

ユーリもまた童心に返ったように顔でブランコをこぐ。

「俺、一度やってみたかったんだよね、夜中に恋人とブランコ!」

笑いながら言うユーリは、いつもより幼く、でもとてもとても可愛く見えた。

その後二人は、子供のようにばかげたことをしながらもひとしきり笑いあう。これが現実だったら、自分たちは敵どうしなのにとユーリは小さく考えかけてやめた。

もうどうでもいい。

あんたがいるじゃないか。

言い聞かせて悲観的な考えは除去する。リアルで、ストーリー性があって、幸せすぎる夢を見ながらユーリはコンラッドとキスをした。

「大好き、コンラッド・・・」

「俺もですよ、ユーリ・・・貴方を、幸せにしたい・・・」

そう呟くとコンラッドは、突然ユーリの手をつかんだ。ユーリが、困ったように見つめ返す前にコンラッドはにっこりと笑ってユーリの耳に小さく呟く。

あたりはまだまだ深夜の幕が下りている。

夢は夢はのまま、更なる望みをかなえたいから。コンラッドはユーリがコンラッドが呟いた言葉に答える前にユーリの手を引いて走り出した。

とにかく、誰もいない世界へ。自分たちしかいない世界へ。こんな幸せな気分なら、どこだって行けるような気がするんだ。

ユーリは、コンラッドがとつぜんいったことばを手を引かれながらも何度も何度も頭の中でリピートさせる。コンラッドは

―――二人で、どこかへ逃げましょう・・・夢の続きを見ていられるだけの場所へ

といった。

ユーリは黙ったままその手から伝わる熱だけを頼りにコンラッドと共に走る。頬をなでる風を感じながら、夜中の道をただがむしゃらに走る。

いつまでたっても、埼玉県内だしそれ以上に遠いところなど無理なはずなのに。

ユーリはコンラッドがたとえどんな回り道をしても、コンラッドの足が向かうほうには口出ししなかった。確かにこの世界に詳しいのはユーリのほうであるけども、今はただコンラッドに自分のすべてをゆだねたかったから。

走れば走るほど、夜は白みがかって明日の朝へと近づいてゆく。

二人のタイムリミットも近いのだ。刻々と迫る時間にコンラッドは自分の情けなさを感じる。こうやって、ユーリとどこまでも逃げてゆきたいのに、ユーリは眞魔国にとって大事だから連れ出してしまうわけにはいかないとこの闘争を留めようとする心。はっきりしない自分。

空が、また一段と白くなる。

ユーリは、黙ったままコンラッドについてゆく。しかし、ユーリもコンラッドの様子から別れが近いことなど当に悟っていた。

「朝がきたら、お別れなのか・・・?」

遠慮深げに問われた言葉。コンラッドは答えない、答えたくなんてなかったら。

コンラッドはまだ足を止めない。

明け方近い街をただひたすらに走る。どこかで道を間違えてまたユーリの家の近くまで来てしまっていることにまだ気づいていない。握った手のぬくもりを感じながら、コンラッドは時間からさえも逃げようと走り続けた。

「そんなわけないでしょう・・・貴方を離しません」

ずいぶん黙っていたコンラッドが口を開いて、さっきの質問に答える。ただし、コンラッドの目にはユーリの家の近くの景色が映っていた。

「・・・よかった・・・」

ユーリの安堵しきった声に、コンラッドの胸は震える。

結局自分はどうこの現実から逃げようともがいても戻ってきてしまうもとの世界。今、ユーリの家の前にいることも同じこと。

何もかも、思い通りにはいかないものなんだから。

コンラッドは突然立ち止まるとユーリのことをぎゅっと抱きしめる。突然ことにユーリは驚いたままコンラッドを見つめて。コンラッドが何かを呟くのがかすかに聞こえた。

だが、その言葉の理解をする前にユーリは突然闇の中に沈み込まされる。

くたりと力を失ったユーリを抱きとめるとコンラッドはユーリを抱えあげた。そのまま深い眠りに落ちているユーリをユーリの部屋のベッドへと寝かしてやるとコンラッドは一筋の頬をながれるしずくを拭って小さく呟いた。

「夢じゃありませんよ、陛下」

そのまま、コンラッドは音を立てないように雨戸を閉めて白い空の真下、街の中へと消えてゆく。手には、アニシナが昔作った一発で子供を眠らせるための装置。

いまさらこんなものが役に立つなんて。自嘲気味に呟きながらコンラッドはもとの大使という何の不自由もない生活に戻るのだ。ただ、貴方という存在が欠けた暮らしへ。

それでも、コンラッドは一度もユーリの家を振り返らずに足を進めたのだった。

 

 

END

 

 

次回予告

「彼の・・・夢を見たんだ」

「君は愛されているんだよ」

「俺はお前に会えてすごく感謝しているし、すごくうれしい」

「君は、その手がずっと導いてくれたらすべてを捨てていた?」

―――――踊り狂うよ貴方と共に Episode.4『涙も夢も枯れ果てるまで』

 

 

はははっもうなんか痛いラブコメ。夢ですよ、あんたの存在は夢です、次男さん()