踊り狂うよ貴方と共に

踊り狂うよ貴方と共に

 

 

Episode.4 涙も夢も枯れ果てるまで

 

 

眠りに落ちる前、ユーリはただコンラッドの悲しそうな茶色の目を見つめることしかできなくて。

たしか、コンラッドはこういっていた。

―――ごめんなさい、愛しています

そして、コンラッドが泣いていたように見えたのは果たして気のせいだったのか。ただ、そこで記憶はない。

そう、夢から覚めてしまったから。

あの幸せで、はかない夢から覚めてしまったのだ。

涙をこらえながらユーリは呟いた。

「あんたがいた、昨日のあの世界は夢・・・?それとも現実・・・?」

 

 

学校帰り、村田の家に寄った。ただ、借りていたCDと雑誌を返そうと思っていただけ、本当にそれだけのつもりだった。

整頓されて整った村田の部屋はユーリの部屋よりもよっぽど落ち着く。文化祭も近くて、時間はだいぶ遅くなってしまったけども美子にはちゃんと了解を取ってあったし、村田も快く家へ上がらせてくれた。

部屋の外は完全な秋の夕暮れ、朱の世界。見上げればどことなく懐かしい優しい色をした太陽が燃えている。

「はい、これ。すっげぇいい曲だった!!

ユーリはありがとうといいながらCDと雑誌の入った袋を手渡す。スポーツ用品屋の袋に入ったそれを受け取ると村田は座れよ、とベッドのほうを指す。

ユーリも長居するつもりはなかったが、お母さんが運んできてくれたお茶もあったしとりあえずちょこんと座った。

村田は机の上に袋を置くとユーリのほうを向く。突然、まじめな顔をしたのでユーリは驚いてその顔から目線をそらすことが出来なくて。

「村・・・田?

恐る恐る呟くと、村田はポツリといった。

「君、何かあっただろう?

すべてを見透かしているような、大賢者と呼ばれるゆえの瞳。ユーリはびくりと体を震わせてから、昨晩の出来事を村田に話すべきか迷った。どうせ夢に決まっているから自分のただの妄想に過ぎないと笑われてしまうのが怖かったのだ。あの時はきっと夢だと信じて疑わなかったのに、いまさら夢でなかったらいいのにと都合よく渇望している。

でも、今の村田に嘘なんてつけそうにもない。

もちろん、情事があったことは伏せるけどもコンラッドにあったということは言ってもいいかもしれない。

ユーリはそう決心すると、遠慮深げに言った。

「彼の・・・夢を見たんだ」

夢だと最初に言ってしまえば、いいのだ。

なんだか、自分に言い聞かせるように呟いてしまったとユーリは自嘲気味に思ったり。それで少しバツのわるそうな顔をして村田を覗き込んでみれば無表情で続きを促している。

何を伝えたらいいのか分からない。

だけど、昨日のことを思い出すと自然に胸が温かくなり同時につんとした痛みを感じた。どうしても恋人だということは避けたい。だけども、それを抜きに昨日の出来事を説明することも、出来ない。

「一緒に、逃げようって言った・・・」

何とか呟いたのは、夜の道を走りながら聴いた言葉だけ。思い出すことが多すぎてどこから話せばいいかすら連投がつかない。

とにかく、何もかもが印象的過ぎだったから。

村田は、ふぅ吐息をついたあと隣にユーリ座り込んで寂しげに笑う。だって、ユーリがあまりにも幸せで儚い顔をしたからである。

自分の完全なる片思いを感じながらも、何食わぬ表情で村田はそうか、とだけ呟いた。

あの、コンラッドのことだから、夢のはずがない。

必ずどうにかしてこちらの世界に来たに違いない。

どうして、自分はユーリのことなんて好きになってしまったのだろうとかんがえても答えなど誰も教えてくれないし。でも、これだけははっきりと分かる。

自分がどうあがいたって、コンラッドには勝てないということだ。自分には、ユーリにあんな顔をさせることは出来ない。

「手を引っ張られて・・・」

またポツリとユーリが呟く。

人の、のろけを聞くというものはひどく疲れる。それがさらに自分が好きな相手だったりすると、もっと感じる苦痛は大きくなる。

だが、ユーリは村田がそんなことを考えていることなんてつゆしらずそのまま続けた。

「家の近く、走ったんだよね・・・。どこか、夢の続きを見られる場所へいこうって・・・」

夜の、静まり返った街を思い出す。いつも歩いている場所なのに新しい場所にいるような気分を味わったことを思い出す。

かすむ街灯、暖かいコンラッドの手、響く足音。

幻のように逃げていった幸せすぎた昨日の夢。失ったあとの多大な喪失感と心に開いた穴の隙間風。

いつまでも続けばいいと思うほど空は白んでゆくんだ。まるで終わりを告げるかのように。

そして、ぷっつりと切れている記憶。

どうしようもなくかなしくて、あれが夢だったと信じざるおえない真実。

思い出すと再び涙が零れ落ちそうだから、思考はわざとそこで止まらせた。

一段落心の中で考え終わって顔を上げると村田がひどく複雑な顔をしていることにいまさら気づくユーリ。どうかしたのかと尋ねようとする前に村田がゆっくりと口を開く。

「渋谷、君は、その手がずっと導いてくれたらすべてを捨てていた?」

その質問を受けてユーリの頭は真っ白になるような感覚に襲われた。

自分は魔王陛下。

コンラッドは自国を裏切った罪人でしかない。

そんな自分たちが共に逃げたとしたら、周りに一体どんな迷惑がかかるのだろうか。

愛だとか恋だとかといっていまさらむげに出来ることなどもう一つもないのだ。今までに自分ははあまりにも大きなものをなくし続けている。コンラッドが裏切ることになったのも、もしかしたら自分の責任なのかもしれないなんて、そんなことまで考えてしまう。

村田は、目の前でユーリが眼の色をひどく変えたのにすぐに気づいた。すべてを捨てていたかなんて、なんてひどい質問だろうか。

どうしてこういうときに自分は温かい言葉の一つもかけてあげられないのだろう。ほら、結局ユーリは悩んでしまって今にも泣きそうな顔をしている。

役に立たない知識など要らない。

ありったけの脳みそをフル稼働させてから強くそう思った。

長い間、二人はしゃべらない。お互い自分を責めることで精一杯だったからだ。

「・・・捨ててたかもしれない」

先にこの沈黙を破ったのは、ユーリだった。

小さな小さな声で告げられたこと。

村田はそれを聞いてひどく悔しかったけど、同時に安心さえした。だって、ここまではっきりといってくれるなら諦めだってつく、はずだ。

余計な期待ほど厄介なものはないし、受けるストレスも多い。

それなら、幸せを願おうじゃないか。

「君は愛されているんだよ」

 

 

 

                   To be continued