涙も夢も枯れ果てるまで−2

涙も夢も枯れ果てるまで−2

 

 

村田の言葉にユーリは耳を疑うように、彼の顔をまじまじと見つめた。だって、おかしいと思ったからだ。愛しているのは紛れもない自分、夢にも見てしまうほど渇望しているのに、逆に自分が愛されているなんて。

ユーリはぐるぐると思考をめぐらせるだけ。

一体、村田が何を言い出すのか気になったがなかなか村田は口を開こうとしないから。流れる風は少し冷たい。

そろそろ帰らなくてはいけない時間が近づく。時計を見て、ユーリは困ったように村田を見つめる。

「だって・・・」

村田にしては不自然なほど小さい声で話し始める。応援すると誓ったからって、いまさら長く抱いた気持ちをすっぱりあきらめられることもなく。

だから、二人の仲をさらに深める行為はいくらユーリのためといっても乗り気なんてするわけがない。

だけど、もう夜は深まりつつある。ユーリのお母さんが心配するだろう、早く家に帰らせる必要がある。本当は、このまま泊っていってほしいなんていいたいと思うけども。そんなこと、出来るわけがないのだから。そして、そんなことをしたら、自分がいったい何をしでかすか分からない。こんなことを考えていること事態、村田がひどくユーリを求めているという証拠だからだ。

「だって、君は彼のことが大好きなんだろ?それならば、彼はもっと君のことを好きに決まっている」

もう、ユーリには村田の言っていることの意味さえ飲み込めなかった。

それでも、村田は淡々と語ってゆく。

「夢かもしれない。でも、現実かもしれない。それは彼にしか分からないことだけど・・・だからこそ、危険を冒してまで君に会いに来た可能性だってあるんだよ」

ユーリはうつむいたまま首を振る。

あれは夢だ。

あれは夢だと。

だって、そう言い聞かせていないと自分が壊れてしまいそうだから。

何もかもを投げ出してしまうかもしれないから。

「そんなはずない・・・。俺の記憶は途中で途切れているんだ、だから、夢に決まってる」

たくさんの言い訳と弁解で、自分への立証をする一方、村田の言葉に心のそこから喜んでいる自分もいる。

どうしようもない。頭がぐるぐると不可解に視界をゆがめつつ廻ってゆく。椅子から落ちてしまいそうになって初めて気がつく。

ユーリの思考の中には、いとしい人、コンラッドのことだけが詰まっている。

そして、村田の視界には目の前の愛する人、ユーリだけでいっぱい。

ぶつかることはない思いの中、村田は自分の敗北感だけを身にしみるような感覚を覚える。見慣れた自分の部屋の中でひどく惨めな気持ちを感じた。

「夢・・・なんだ。あれは、夢・・・」

自分に言い聞かせる言葉。今にも泣き出しそうな声でつむがれる、一言一言。

もう、村田にはここから逃げるという選択肢しか見つけることが出来なくて・・・。

「渋谷、そろそろお母さんが心配するだろう?送ろうか?」

いつもの口調で言ったがせめてもの村田の強がり。

渋谷、大好きだよ。

いえない。

「あ、うん。ごめんな、いろいろー」

ほのかに赤くなって瞳をすぼめてユーリは微笑む。このまま返したらきっと一晩泣くのではないだろうか。

一体自分はどうしたらいいのか。

この関係を保ちたいのならあくまで友達思いの優しい男という座は持っておくべきだ。今までそうやってしてきたから。

村田はただそう思いながら、ベッドから立ち上がる。ユーリが、美しく微笑んだのに気づくのにしばらくかかった。そして、にこやかなユーリと目があってしばらくしてからユーリは言った。

「俺はお前に会えてすごく感謝しているし、すごくうれしい」

そして、目からこぼれるのは一粒の涙。

無理はしないで。

村田は、出しかけた手を再び自分の下へ引き戻すと着たままであったブレザーを強く握り締める。

「し・・・ぶや・・・」

村田がやっとのことで名前を呼ぶのと同時に、ユーリは初めて自分が涙をこぼしたことに気づいた。

「あ、あれ?どうしたんだろ・・・俺・・・」

困ったように微笑みながら涙を拭う。でも、声がかすかに震えているから、ずっとずっと泣きたかったことが分かる。村田は、たたんであったタオルをつかむと笑顔でそれを手渡す。

疲れているんじゃないかな?などとおどけた調子で言ってみたりもした。築かない振りにももうなれて。ユーリは渡されたタオルに顔を押し付けながらそうだよな、とかすれた声で笑うと、村田の家を出た。

「じゃあ、渋谷、また今度」

「ああ、今日は本当にありがとな!」

ユーリはさっきの涙が嘘のようにいつもどおり笑って、いつも乗っている自転車に足をかける。そして、秋の闇の中に消えていった。

村田は少し冷えた体を引きずりながら、まだなんだかユーリがいるような感覚さえ残っているような気がする自分の部屋のベッドに横たわる。

「はぁ・・・」

ため息をついて見渡すと、なれた自分の部屋はひどく広く感じた。

殺伐とした風景。

今頃涙をこらえているだろうユーリのことを考えるといても立ってもいられない。だが、今自分に出来ることなど皆無に等しい。

言い聞かせたはずなのに、ますます恋焦がれるのはユーリだけ。どうしようもない、どうしようもなかった。

「もう・・・僕も裏切っちゃおうかな・・・」

あるはずもないことを呟いて、のどの奥で笑う。だって、他国に行っている間にあんなに焦がれてもらえるんだから。

大賢者として、ありえない考えだ。それほどまでにユーリにみてもらいたい、愛してもらいたい。

まったく、ただのわがままに過ぎない。

メガネをはずして手を伸ばして頭の上にある机の上においた。開けっ放しになっている窓を閉めたかったけど、体がいやにけだるくて起き上がる体力さえない。目を閉じて、その上からまぶたを押さえれば、鈍い痛みを感じた。

疲れていると自覚した瞬間、どっと更なる疲れが流れ込んでくる。

「はぁ・・・」

もう一度ため息をつくとごろりと寝返りを打つ。布団の上に寝転んでいたから、もぞもぞと布ずれの音がする。

好き。

好きなんだ。

心の中が叫ぶ。伝えられずに積もる思い。

片思いなんて嫌いだ。しかも敗北が完璧に分かっているときなんて特に。

めがねのない視界はいやにぼやけて、何もかもが混ざり合ったように見える。涙は、流すような柄じゃない。

好きだ。

好きなんだよ、渋谷。

心と体が叫んだ。

何もかも、渇望。君のすべてを望んでいるよ。

その後もしばらく、村田はベッドに寝転んだまま頭に壊れたビデオのように何度も何度も浮かぶユーリの顔を振り払いながら考える。

しかし、やはり今すぐに決められない、消し去れない恋心。

そしてもう一度目閉じると、いつの間にか深い眠りの中へと、いざなわれていた。

 

報われないならそれでもいい。

だけど、その代わりに僕には君の微笑が必要なんだ。だから、笑って。

どうか君だけは、笑って。

もう神様しか、あの二人を離せないとしても。

 

 

 

END

 

 

 

次回予告

「誰・・・っすか?」

「俺の名前と、俺との関係を知りたいんですか・・・?」

「そんな…なま…え知らないっ…知らないっ…」

「貴方は俺のものっていうことですよ…」

――――口付けは蜜より甘く、罪より苦いact.1『希望さえも思い出せない』

 

 

な、長かった・・・。曲ネタ万歳です。さぁ、これは一体何の歌を使っているでしょう?()

次回予告は新シリーズです。甘さ控えめ、というかブラックみたいな内容です。

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