口付けは蜜より甘く、罪より苦い ACT.6
過ちなど理解する必要もない 目を覚ませば、昨晩、泣いたまま眠ったため目の周りが突っ張っていた。どうして、コンラッドの言葉に悲しくなったかは分からない。ただ、無性に泣きたくなって、隠れるようにして泣いた。 多分、コンラッドはユーリがないていたことには気づいていないだろう。ユーリとしてはうまく隠れて泣いたつもりだからだ。 どうして突然、風呂になど入ってきたのだろうか。またいつものように気まぐれだと思うことにしているけども、明らかにドアを開けたコンラッドの態度は慌てきっていて、いつものような冷酷さも、冷静さも欠けていた。 慣れたくなんかないけども、もうコンラッドに抱かれることに体の抵抗はない。はじめはひどく痛んだりしたけども、今はもうコンラッドをすっかりくわえ込んでは喜ぶような体に作り変えられてしまっているような気さえもする。 そんなコンラッドは、今はもうベッドの上にはいない。朝早く、抜け出したきりこの部屋にはまだ戻ってなかった。もう、昼になりそうだというのに、コンラッドは食事を持ってくることさえない。きっと、忙しいのだろうと、ユーリは朝のコンラッドの様子から判断していたけども。 どうやら、今日は何か大切な会議のようなものがあるようなのだ。コンラッドと誰かがドアの外で話しているのを偶然に聞いたから。そしてもうひとつ、ユーリはコンラッドの会話からここが大シマロンという名の国であることが分かった 大シマロン・・・ ユーリは必死に記憶を探ってみたが、分かるような分からないような・・・結局はその程度にしかならない。固有名詞でもでてくれば少しは何か思い出せるかと思ったのだが。 ユーリは深くため息をついて、もう一度ベッドに横になる。ベッドはひどく持ち主の特有のやさしいにおいがして寂しさを誘う。 自分は一体コンラッドをどう思っているんだろう、ユーリはふと思った。はじめはあんなにもにくいと思っていたけども、このごろでは彼が見せる表情の変化から大体どう思っているのかが分かるようになった。たまに無表情でユーリを抱くときはとても怖いと思うけども穏やかなときの彼はそんな姿などちらつかせずに誠実でいい人のような泣きもする。 本当は・・・ ユーリはそこまで考えて自らの思考を止めた。 だって、自分は抱かれる、性欲の対象とされるという異常な事態に対し、その関係を築いた男を認めようと、好こうとしているのだ。絶対間違っている。 こんなの絶対間違っている! ユーリは早く記憶を取り戻したいと切に願う。しかし、この自分ひとりだけのための世界はあまりにも狭くて何も材料がそろっていなくてそれは叶わなかった。唯一あるのは、この首にかけられた青い石のついたネックレスだけ。 きっと大事なものなのだ。 それは分かる。 けども、さっぱりインスピレーションはわいてこなかった。 それから本もたくさんあるけどもどれも字が読めなくて解読することは不可能。 いま、分かっていることは自分の名前がユーリだということ。そして、自分に性行為を強いてくる男の名はコンラッド。彼が自分にとっていったいどういう存在なのかは一切分からない。 ただ、無表情に笑い、時にはひどく感情が含まれた切なそうな顔をしたりする。一体、彼がいったい何を思っているかも正直分からない。 しかし、時折彼の顔を見なくてもどんな表情をしているかがわかることもある。多分、自分とはなんらかの関係があるに違いない。そのはずだけども、何も分からない。 そして、最後にここが大シマロンという名前の国だということ。しかし、それが分かったからといってユーリの記憶の材料は果たしてはくれていないけども。 しかし、ユーリはどうしても自分の正体が気になって仕方がなかった。そして、コンラッドとの関係も。 だから、ユーリは今日、コンラッドにある頼み事をするつもりだった。 少しでもいい、この部屋から出してほしいと。 コンラッドはどうせ取り合ってくれないと思う。しかし、どうしても知りたいのだ。だから、コンラッドが折れるまでとにかく頼み込もうと決めた。 しかし、そんなときに限って彼が朝から出かけたまま帰ってこなかったりする。ユーリはシーツをまとったまま何度かドアまでの道を往復した。どうしても、落ち着かなかったからだ。 それでも、コンラッドは部屋には戻ってこない。どうかしたのかと知りたくても、扉は硬く閉ざされたままで、耳をすましても外からは何の音もしなくて。 何かを決断したときなのに、その対象が戻ってこないという感覚はひどく退屈でやる気をそがれるような気もしたが、それでもユーリは待ち続けた。 そして、それからしばらくして、この部屋の主であり、ユーリの記憶の鍵を握るはずであるコンラッドが戻ってきたのだ。もう昼だったから手には朝食と昼食をあわせたご飯を持ったお盆。申し訳なさそうな顔をしている。 「ユーリ、すみません、会議が長引いてしまって・・・お腹がすいたでしょう?これを・・・」 またいつものように完璧ではない食事を机の上に置いた。ユーリはシーツをまとったまま椅子に座る。確かに空腹だったから、いわれるがまま、口にすることにする。 「すみません、この後もまだ会議があって、俺は今日、ずっと出てないといけないんですよ」 食事は、といいかけたコンラッドの言葉をさえぎってユーリは懸命に言う。なんという言葉で告げようかと朝から考えた末、選んだ台詞で。 「なぁコンラッド・・・俺をここから出してくれ」 「それは出来ません」 即答。 しかし、ユーリは屈せずいう。 「たのむ!!俺は自分がいったい誰なのか・・・知る手がかりがほしいんだ」 ユーリの言葉にコンラッドは一瞬ひどく寂しそうな顔をしたが、すぐに冷たく駄目です、という。 「逃げ出されては困るんです」 「絶対、絶対逃げないよ!!」 ユーリは黒い瞳を大きく開いていう。嘘なんかつくつもりはなく、逃げ出したいけども逃げて生活するあてなんかないから何をされてもコンラッドに頼るしか今は出来ないのだから。 約束する、何度もユーリはそういった。 そのたびにコンラッドは首を横にふったがあまりにもユーリが切羽詰った調子で言うので流石に折れたようで最後には頷く。ユーリは心のそこからうれしそうな顔をしてありがとうといった。誰のせいでこんなところに閉じ込められているのかも忘れたような笑顔で。 「ありがとう、コンラッド!」 そう叫んだ瞬間、コンラッドの口から鋭い言葉が飛び出た。 「今日の午後は部屋から出して差し上げます。ただし、絶対俺のいうことに従ってくださいね」 コンラッドが提示した、条件は三つほどあった。 一つ目に、絶対コンラッドから離れないこと。 二つ目にうつむいたまま、あまり顔を上げてはいけないということ。 最後に、これから渡す服を絶対に着なくてはならないということ。 ユーリはどんな服かは知らなかったが、とにかく服はコンラッドのものしかなかったから助かると思った程度に過ぎなかったし、そんなことを守れば出してもらえるなら全然ユーリにとって何の問題も生じてはいなかった。 「絶対に、約束を守れますか?」 コンラッドはユーリの黒い目を見つめていう。ユーリははっきりと頷いて、絶対、ともう一度呟いた。 「では、これから服を持ってくるんで食事をしていてください」 そういって部屋を出て行ったコンラッドの背中に、分かったといってユーリは不自然にちぎられた後のあるパンをちぎって食べる。もう、そういう完璧ではない様子にはなれたから。もう、だいぶここでの暮らしになじんでしまっている自分が、ここにいて、いやだった。 To be continued… |