踊り狂うよ貴方と共に Episode.2 消えないメロディー 「はぁ…」 ユーリは今日五回目の溜め息をついた。ベッドに座ったまますぐ横にある窓の外を見ていて、話しかけられた言葉もすべて耳を素通り。何もかも上の空。 見慣れた部屋、地球の自室。机の椅子には大賢者サマがすわっている。 「渋谷、気を落とすのは分かるけど溜め息ばかりついてると幸せが逃げるよ?」 村田の声にユーリはわかってるんだけどさ、と呟く。 それでも心にぽっかりと開いた喪失感はぬぐえない。 それほどまでに大事な存在だった彼はユーリを残して他国へと消えていったから。ユーリは目を閉じたまま胸に手をあてる。いや、正確にいうと胸にあるペンダントを握り締めた。 こうしているだけで昔彼からもらった言葉を思い出すことができるから。 “いつまでもいつまでも一緒にいてもいいですか?” そう確かに彼は言ったのに。自分から傍にいるといったのに、彼は今となりにいない。この魔石に誓うといったはずなのに、ユーリをおいていなくなった。 今すぐに胸からむしって窓から投げ捨ててしまいたい衝動。 だけど、やさしい彼の言葉にすがりたい気持ちが根強く残る。プロポーズという言葉まで使ってユーリに気持ちを伝えたのは嘘だったとは思えないから。 考え込んで何にも焦点があっていないユーリへの村田の心配そうな声が突然視界をクリアで鮮明なものにした。 「だけど…君、あんまり寝ていないだろ?」 村田に問われてハッとするユーリ。たとえ目の周りが少し青くて、目が赤くてもかくしていたつもりなのに、体の異変に気付いてくれた人はいなかったのに。 ユーリはただうつ向いたままなにも答えなかった。 そんなことすぐに気づいてくれたのは今まで彼一人しかいなかったのに・・・! ユーリはうなだれたまま、ひどく悲しい気分になる。友達の言葉が、あまりにも彼と似ていて、違っていたから。 そんなユーリに村田はただそっと今、寝たら?と呟く。辛いのなら、側にいてあげるからと。 「でも…せっかく来て貰ったし」 悪いよ、と言葉を濁すユーリに村田はにっこりと君を励ますために今日は来たんだと言う。彼の微笑んだ顔は、とても温かくて安心できる。 優しい言葉にとても心が温まった。隙間風が冷たい心は、そんな言葉を待っていたのかもしれない。 「だから、君が元気になってくれればそれでいいよ」 村田は続ける。 ひどく耳に残る声。待ち望んだ彼ではないけども大事な友達の、響きがした。 そういわれ、黙ってユーリはそのまま自分のベッドの上に横たわる。従う以外今のユーリにできることは何もなかったからだ。 村田の親切はとても嬉しい。でも正直寝る自信がない、寝不足といっても全く眠くならないのだ。それでもやはり疲れはからだに出るようで、疲労を感じやすく足取りも危うい。だが今まで、彼がいなくなってから今までずっとそれを隠していつもどおり振舞ってきたつもりだった。 ユーリは目を閉じてるたが、脳裏に焼きついたいとしい彼の笑顔だけが何度も何度も浮かんでくる。こんなんじゃ、悲しくて眠ることなどできない。 記憶だと分かっていても、つい手を伸ばしてしまいたくなるほどに彼を渇望していた。 「村田、俺眠れないよ…」 小さく言う。村田が小さくそうかと呟きながら机の椅子をベッドのとなりに持ってきて座る。柔らかそうな黒髪がはねた。 「無理しないでいいよ。僕はここに座ってるから」 そういってにっこり笑うとユーリにふとんをかけてあげる。外は夏が終り秋もようの空が広がっていて、なんだか切ない気分。過ぎ行く季節はとても早くて目で追うこともできないほどに。 ユーリは何も喋らないままぼーっと見慣れた天井を見つめる。 必死に寝ようと努力はしてみたもののやはり、眠れない。 相変わらず開け放たれた窓からは涼しい風が入ってきて部屋のなかは快適である。。自分の眠りを妨げるものなんて何一つないのだと言い聞かせても、ユーリの身体は言うことを聞かなかった。 無言さえ、堪えられなくなってくる。 「なぁ、村田」 随分たってから小さくユーリは呟いた。視線はそのまま天井に這わしたまま。 村田は無言のままユーリの言葉を待つ。余計な心配文句なんて今のユーリには通用しないことなど彼には解っていたから。 「どうして…」 どうして俺にこんなに優しくしてくれるの?ユーリははっきりと言った。 そんなこと、本人にいえるわけがないよ、村田は思った。ただ、そんな顔をしているユーリをみたくなかったし何より彼のことが・・・。 「僕は賢者だからね、魔王である君を支えるのは当たり前だろ」 その声にユーリはそっか、と呟く。 ユーリは鈍感だと思った、ここまでしているのに気付かないなんて。好きでもない人にこんなにいろいろするほうが難しいとさえおもうのに。 「はぁ…」 ユーリはまた小さく溜め息をついた。 本人も無意識のうちにやっているのだからしょうがないのだろうけど、心配してしまう。だが、村田は何も言葉を告げずにただ隣に座るだけ。 本当は、強く抱きしめて忘れてしまえといってしまいたい。 こんなにも、泣きそうな顔をしていられると自分がどうにかなってしまいそうで。 長い長い人生経験からユーリが自分からしゃべりだすまで、村田は言葉など必要ないと思った。だから、そのままずっと黙っている。 一向に、ユーリは語りだす気配はない。 顔を見られていたら寝ずらいだろうと思って村田は何度もユーリから視線をはずすがいつの間にか悲しそうな顔に目がいってしまった。自分がユーリをどれほど思っているのかがよく分かって、浅ましいとさえ思える。 彼のいない間に、ユーリに・・・。 ずいぶんばかげたことを考えたものだ、村田は自嘲気味に思った。眞魔国へ一度行ってからというもの、ユーリはずいぶんと変わったような気がしていて。昔から悩みなんてないような顔をして幸せそうに暮らしていたけども、眞魔国へ行ってからは何か根本的なところから違う色をしていたから。 多分、恋をしたのだろうと村田はすぐに気づいた。 だてに長い長い間生きてきたわけではない、知識や経験は計り知れないから。魔王、賢者という着ても切り離して考えることのできない間柄というものを抜きにしても村田はユーリのことが好きだった。どんな立場であったとしてもきっと惹かれていたに違いない。 ああ、どうして厄介な恋ばかりしてしまうのだろうとただ漠然と思うだけ。 「っうっ・・・」 突然ユーリが頭を押さえだす。驚いてどうしたんだ?と問いかけてもユーリはただ、痛いと呟くだけ。きっと考え事をしすぎ他こととストレスがたまっているのだろう。相談ならいくらでも乗るのに、ユーリはあまり自分がつらいことを声にはしなかった。 言葉に出してしまうのさえ、つらいのかもしれない。こればかりかは、村田にもどうしようもできないことで。 「もうどうしようもないんだ、頭が痛い」 訴えるような、それでいて言い訳をするようなユーリの声。 そのまま起き上がり、足は布団の中に入れたまま頭を抱える。 ユーリはただ、心配を掛けないようにと自分を戒めていたつもりだったけどももう、それはどうしようもなかった。ただ、村田が優しくしてくれるから甘えたいだけかもしれない。 とにかく、頭が痛くて、涙さえこぼしてしまいそうだったのだ。 「渋谷、大丈夫か?」 明らかに困惑した村田の声。ああ、また心配を掛けてしまった、とユーリは思った。 優しくて、都合のいい場所にいてくれる賢者。 だけど、このままでは彼の代わりにしてしまいそうだから。そんなことはできない、わかっている、分かっているけども。 ついに、ユーリの漆黒の瞳から涙が零れ落ちた。 To be continued… |